目から鱗 | ||
| 791 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2008/07/26(土) 10:33:37 娘に「パパ知っている?海の王様はマンボウなんだよ」と言われた。 大人になれば海の王様と言えば鮫?シャチ?鯨?と思う所なんだろうが 何故にマンボウ? 「へ?鮫とかじゃないんだ。」 と答えると娘曰く 「鮫は強いよ。でも何故か鮫はマンボウを襲わないんだよ。 だから弱い魚達はマンボウの傍にいるんだよ。 そうすれば自分達も鮫に襲われないからね。 強いだけじゃダメなんだよ。弱い魚を守れないと王様にはなれないんだよ」 魚だけに目から鱗が落ちた。
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宝物 | ||
| 362 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sag] 投稿日:2008/08/30(土) 11:19:23 >>361 慣れていなくて間違ってしまった。 先週娘の結婚式だった。 私も娘も素直な性格じゃあないので、ろくに会話を交わすこともなく結婚前夜が過ぎた。 結婚式当日は娘を直視できなかった。 バージンロードでは体が震えた。 披露宴では泣きたくなかったので、やはり直視せずにいた。終始上の空だった。 式が終わり帰宅し、リビングのテーブルに座りボーっとしていたら妻がパソコンを持ってきた。 今日までしっかり娘を育ててきたお父さんに私からのご褒美だと言い、画面に映像が写った。 生まれたての小さな娘、カメラの前で歯がない口を大きくあけて笑う娘、 ハイハイで駆けずり回る娘、歩く娘、転んで泣く娘、 とうたん、と言う娘、 おとうさん大好きと笑う娘、私に抱き上げられぎゅっとしがみつく娘、 運動会で頑張った娘、 撮らないでとそっぽ向く娘、 カメラに気付き髪を直す娘、 映像の中で娘はどんどん成長していき、見慣れた今の娘になった。 結婚式前夜にちゃんと話をできたらいいんだけど…という言葉から始まり、 最後にお父さん本当にありがとうございました。お父さん大好きと泣きながら言ってくれた。 パソコン教室に通ってまで頑張ってくれた妻と、これまで健康に成長したくさんの思い出をくれた 娘に感謝の気持ちで一杯で涙が溢れた。 死ぬときには、このDVDと一緒に棺に入る。死んでもずっと私の宝物だ。
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叔母ちゃん | ||
| 852 名前:名無しさん@HOME[] 投稿日:2008/08/27(水) 17:58:46 0 物心ついて以来ずっと「叔母ちゃん」だと思っていた人が 実は「叔父ちゃん」だった。 30代で病死した「叔母ちゃん」の葬儀の席で初めて知った。 男名の戒名をつけられるところを、親族一同で 坊さんを必死で説得して、女名の戒名にしてもらったそうだ。 「居士」を「大姉」にしてもらうとか、そういうのかな? 俗世間的には道に外れた叔父なのかもしれないが そんな親族を一家総出でさりげなく受け入れてた自分の身内を、 ちょっといいなと思ったりした。
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叔母の遺言 | ||
| 539 名前:事件[sage] 投稿日:2008/08/20(水) 23:25:58 ID:uARy8l2S0 本日、先月頭に亡くなった叔母の名前で、でかいダンボール3箱+現金書留が届いた。 そんなに親しくしていなかった人なので叔父に確認してみたところ、叔母の遺言で送ったが 中身は知らないとのこと。 おそるおそる箱をあけてみると・・・ ☆矢と鎧のビデオ・同人誌などがぎっちりつまっておりました。 中に入っていた手紙には ・愛着があって捨てられなかった ・余命宣告を受けたが、処分をノーマルな旦那に任せるのは気が引ける(数字本だしね ・夏や冬の祭典で何度か見かけた同類のあなたに処分を任せたい ・お金は迷惑料として受け取ってほしい といったことが書かれていた。 なるほど、「積み荷を燃やして」ってやつですか・・・ せっかくなのでひととおりビデオを見ているのだけど、やばい、面白い。 叔母の出してた本の絵や話も好みで、語り合う機会がもう無いのがものすごく残念。 とりあえず、冬に☆の黄金本と鎧の本を出すことに決めた。
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親友 | ||
| 718 名前:名無しさん@引く手あまた[sage] 投稿日:2008/07/07(月) 04:53:22 ID:eEaQ+rjQO ブラック会社2年目の25歳です。 体力的にも精神的にも、もう限界だ。 辞めたいんだが、親が「どこにでも食らいついとかないと」と説得してきて、妨害してくる。 医者行ったが、くも膜下出血の前兆らしいと診断された。このままの勤務を続けると間違いなく 死ぬかもしれん。 会社の産業医、やっぱりウソ言ってやがった…外部の医者行ってよかった。 もう親を殺すしかないよ だって、身内からして「そんなもん、気の持ちようだ!」と言って、オレの健康状態についての 診断結果を頑なに否定するんだぜ? 両親を殺さないと、オレが死んじまう。会社の上司も殺すしかない 会社休んで家にいたら、親は部屋に怒鳴り込んでくるし… 逃げ場がない 834 名前:718[sage] 投稿日:2008/08/19(火) 02:12:42 ID:rnfkLLsKO みなさん、お久しぶりです。>>718です。 あれから少しして、職場で倒れ、緊急手術、併せて措置入院…と、慌ただしい日々を過ごしました。 退院して、そのまま今は、大学時代の友人宅で住まわせてもらって精神科通院をしています。 事情を知った友人(以下、親友S)とご両親のご厚意に謝しています。会社は辞めました。 同僚の話によると、職場のパワハラ上司を殴り、会社内で暴れ回って、脳内出血し倒れ、 そのまま救急車で運ばれたそうです。 心肺停止していたらしく、死ぬ手前だったそうで… 大学卒業して以来(親友Sは3年のときに中退)、連絡先も互いに交わしていなかった 全く音信不通だったSが、どこから聞いたのか、オレの手術中、病院に駆けつけてくれ、 昏睡していた3日間、身の回りの世話をやってくれていました。 家業を休み、車で寝泊まりして見舞いをしてくれていたそうです。 肝心のオレの両親はというと、病室でバツが悪そうにしてました。 会社は未払い賃金支払い命令や業務停止命令などを受け、1週間ほどして倒産しました。 不満を持っていた同僚たちが集団告発し、会社のイントラをこっそり破壊したのが致命傷でした。 Sは、オレがいたブラック会社の事情も、オレと両親の関係など、友人の友人のそのまた友人を 伝って知っていたようで、緊急入院の知らせを聞いてから、病院関連の諸々の雑務、 ブラック会社への攻撃など全てのアクションを起こしていました。 835 名前:718[sage] 投稿日:2008/08/19(火) 02:16:21 ID:rnfkLLsKO つづきます。 会社の同僚とSは互いに初対面。Sの言い出しっぺがキッカケで内部告発への運びとなりました。 オレは兵庫、Sは和歌山。遠方から駆けつけてくれて、オレの知らない間に何もかもをやってくれて いたことに、泣けました。 意識が戻って初めてSとの再会となったわけですが、会話らしい会話はせず、 「オレんち来い。部屋余ってるし。金はあるからタダで住まわしてやる」と言って、帰っていきました。 今はSの家に住み、カウンセリングと左手のリハビリをしてます。 ブラック会社を避けるのはもちろん、世間体を気にしブラックでも我慢して就職しろと急かす現実を 知らない毒親は、捨てた方がいいと気付きました。 それ以上に学んだことは、金や待遇なんか無価値に見えるほどの"親友"がいてくれたことの 素晴らしさ。 親友の気遣いに泣けた時、生きてることの意味や意義を知ったような気がします。 オレが肉体的にも精神的にも完治したら、Sと起業をする予定です。 まとまりのない長文駄文でスマンです。 では(´;ω;`)ノシ
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コミケで体験したちょっといい話スレより | ||
| 339 名前: カタログ片手に名無しさん [sage] 投稿日: 08/08/20 09:24 ID:??? 新刊買いにきてくれた人にお会計済ませて本を渡すとき 「新刊出してくれてありがとうございます」って言われた こちらこそありがとうございますだコンチクショー! あなたの為に冬も頑張ります
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感情の起伏の無い子供 | ||
| 163 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:2008/08/12(火) 16:48:13 小学校1〜2年生まで自分は感情の起伏の無い子供だったらしく、 両親がとても心配してよく児童相談所や精神科みたいな所に連れ ていかれていた。 その時も面倒くさいとも楽しいとも思った事は一切無く、自閉症気味 と診断されていたそう。 今親に聞くと、赤ん坊の時からめったな事では泣いたり笑ったり する事も無かったとか。 でもきちんと人の話は聞くし、知能も高かった事から親以外からは大人 しい良い子だという風に受け入れられていて、上手く言い表せない自分 の両親は心配しながらも、少し不気味に感じることもあったそうだった。 でも自分の爺さんは、そうやって不安がる両親に対して「こいつには こいつのペースがあるんだ。放っておけ」と言うだけだった。 別段爺さんは自分を甘やかす事も無く、だからと言って無視したり虐待 するでも無かったけれど、婆さんと両親は爺さんを冷たいと怒っていた。 ある日、爺さんが風邪をこじらせて肺炎になり入院した。 母親に連れられて見舞いに行ったとき、母親が花を花瓶に入れる為に 病室を出て行った。 自分と爺さんが二人だけで病室にいて、何も話す事は無く物音一つしなく て二人共動く事も無かった。 ふと自分の頬の側の空気が動き、見ると爺さんが青い小さなみかんを自分に 差し出していた。 それをそのまま機能的に受け取って、爺さんも自分も何事も無かったように 母が来るまでじっとしていた。 そのみかんをどうしたかは記憶が無い。 きっと家族の誰かが食べたんだろうとは思うけれど。 164 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:2008/08/12(火) 16:49:27 爺さんはそれから少しして死んでしまい、お通夜も葬式の時も何も感じる事は 無かった。 初七日が過ぎ、爺さんの仏壇に供えていた青いみかんを何の気なしに母親が 自分に与えて、自分も受け取ってその皮を剥いた。 青いみかんのしゅわっという香りとみかんの水分が自分の周りに漂った瞬間、 自分の喉の奥が急に詰まったように痛くなり、胃が固まって震えるような感覚に 襲われた。 生まれて初めての感覚に驚き、声を上げようとしたけれど喉が潰れたような感じ になってうめくような声しか出てこない。 その時初めて「助けて」と思い、うずくまっていると顔が濡れている事に気が ついた。 触ると目からぼたぼたとどんどん涙が出てくる。 自分のうめき声に驚いた母親が慌てて自分に駆け寄ってきたのがわかった。 母親に必死にしがみ付き、自分の世界が壊れていくような恐怖を感じ、身体を 硬くして叫び続けていた。 母の暖かい腕が自分に巻きついているのを感じ、温かい手のひらが頭や顔や体 を撫でてくれているのを感じ、そしてだんだん落ち着いていくのが判った。 どこか痛いのかと心配する母と父と婆さんの顔を見て、口が自然に開いて、 しゃくりあげながら「ありがとう」と言葉を発していた。 顔の筋肉が引きつって、あんなに苦しかった胸の中がだんだん温かく柔ら かくなっていくのがわかった。 両親と婆さんが驚いた顔をして、とたんに皆が今度は泣き出した。 「ありがとう」と言って自分は笑ったらしい。 爺さんが、感情を出しやすくしてくれたんだと婆さんと母親が言っている。 父親も自分もその事がどうとか何も言わない。 でも爺さんの仏壇に毎日毎食、皆が食べるものと同じお膳を備える事を一日 も欠かす事は無い。
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日本人か? | ||
| 731 :おさかなくわえた名無しさん :sage :2007/09/13(木) 00:13:22 (p)ID:pTwC+efk(3) 自衛隊がカンボジアに行った年の翌年、観光に足を伸ばした印度のある町で。 その町から日帰りで行けそうな、目当ての遺跡のある町への鉄道チケットが取れないかと、 ツーリストインフォメーションでいろいろ聞いていたところ、後ろから声を掛けられた、「日本人か?」。 振り返ると背丈190cmはあろうかと思われる、 サングラスにワイシャツ・綿パン、オールバックで髭まで生やした印度の偉丈夫。 「○○まで行きたいのか?」…てっきり観光地によく居ると噂に聞いたヤウ゛ァイ人… にしては英語が丁寧で、様子も良い御仁。 「ちょっとこっちについて来なさい」。インフォメーションをちらりと見ると、 係の兄ちゃんが「んだんだ、そうすっとええだ」みたいなスマイル。 半信半疑でついて行くと、駅のチケットオフィスへ。 当時まだ、外国人用と自国民用で切符売り場は分けてあったのだが、 ずんずんと脇のドアからチケットオフィスの内側へ。 732 :おさかなくわえた名無しさん :sage :2007/09/13(木) 00:15:33 (p)ID:pTwC+efk(3) 承前。 その印度の偉丈夫は何やら中年の駅員と話している。すると駅員がこちらを見て 「明日の朝7時に出る急行がある。帰りは特急で向こうを16時発、 ざっと6時間は見物が出来るだろう…○○ルピー」。 予想より遥かに安く、予約も入れていないのに急行+特急で発券してしてくれた。 謝意を呈すると偉丈夫氏、にこやかに「まあ、明日無事に帰ったらにしておくれ」。 翌日、目的の遺跡を堪能して戻ると、 インフォメーションの兄ちゃんの横に居た偉丈夫が微笑んで待っていた。 改めて謝意を呈するとはにかんで 「いや、実は去年カンボジアに行っていてね…」 この偉丈夫氏は地元の警察官。 印度からカンボジア派遣の文民警察官として行っていた際に、 にわかに虫垂炎に襲われて苦悶する羽目になった。 最寄りに駐屯しているのは日本の自衛隊、電話で照会するとわざわざ車輛で迎えに来てくれた。 自衛隊の軍医による手術は成功、その後しばらく自衛隊のところで御世話になっていたらしい。 733 :おさかなくわえた名無しさん :sage :2007/09/13(木) 00:19:07 (p)ID:pTwC+efk(3) 「ジャパンのアーミーは、素晴らしい連中ばかりだった… 臥せっている、ゆかりも無い外国人の自分に、必ず誰かが付き添ったり、 話をしに来てくれた。嬉しくて、特に親しくなった隊員に自分の○○ (残念ながら、この品物が何だったのかは忘れました)を贈ったところ、 彼はいつも掛けていたサングラスを呉れた… 以前冗談で、サングラスを誉めて借りて掛けてみた事があるんだ… 『御礼にお返しは必要ありません、あなたの、いつも使っているものでしょうに!』と言うと、 『御礼の品は受け取れませんが、我々の友情の印に、 御互いの愛用品を交換させて頂けるなら嬉しい』と彼は言ったんだ。 『他に出来る事はありませんか』と聞いたら、 『貴方がもし、日本人が困っているのに遭遇したら親切にしてあげて下さい』と言っていた… だから、君を見た時に何か出来ないかと思ってね… こんな事では返しきれない友情を、日本の友人は示してくれた、だから御礼なんて」 必死に単語を並べ立てて、御礼を言ったおいらにその人は最後にこう言った。 「それじゃあ、日本で印度の人間に会ったら親切にしてやってくれ、 そしてそいつには『次に会った日本人に、そうしてやってくれ』 と伝えて欲しい…」。 その後、帰国して印度の人とは何人か縁もあったが、そう伝える事になった人はまだ居ない。 けれどもこの約束を果たすのには、やぶさかではないつもりでいる。 …長々、昔話で相済みません。
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愛と勇気だけが友達さ | ||
| 225 名無しさんにズームイン! New! 2008/08/04(月) 21:40:14.47 ID:nLPFYjpa BE:?-2BP(6000)4回目 アンパンマンの深いい話 「愛と勇気だけが友達さ」ってどういう意味ですか?と記者会見で聞かれたとき やなせたかしは「戦争ではそんなもん」と答えた
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ありがとう | ||
| 813 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2008/07/24(木) 16:16:13 ノートに毎日真剣な顔をして何か書いている嫁。 日記かと思っていたが、「明日はどうしようかな〜」と悩みながら書いているので それ何?と聞いたらテレながら見せてくれた。 毎日の夕飯と弁当の中身のメモだった。 「書いておかないと、似たようなおかずになっちゃうから…。 お仕事がんばってくれているから○○(俺)には美味しいものを食べてもらいたいの」 よく見ると「◎」「△」の印が。俺が美味しいと言ったら◎だってさ。 「○○がまた作ってと言った♪嬉しい♪」 「下味が薄かった?次はもう少し漬け込む時間を長く。」 なんて細かいメモまでしてある。 続けて同じおかずが出たことが無い、毎日バラエティに富んでいるメシの秘訣はこれだったか。 「書きなぐりだから字がきたないの」と照れてる嫁。そっちかよw そんな嫁を心底かわいいと思った。 毎日旨いメシをありがとう。美味しい弁当ありがとう。
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Author:ハイネ♂
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